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【書評】『最高の声を手に入れるボイストレーニング フースラーメソード入門(武田梵声、日本実業出版社)』

      2017/05/03

ボイトレ情報

学生の頃、よく一緒にカラオケに行っていた、コーラスの団に属する友人がいました。
彼もぼくも割りとキーの高い歌が好きで歌っていたんですが、彼の歌うハイAは、ぼくのそれと大きく異なるものでした。当時ぼくは、「同じ音高でもなんでこんな違うのだろう…」と不思議に思ったのですが、ぼくは彼の声を、彼はぼくの声を再現できず、「生まれ持った声の違いかな」以上の答えを得ることは出来ませんでした。

しかし、「生まれ持った声」ってどこまで本当に生まれ持ったものなのでしょうか。ぼくはロックが好きで歌い続けたから自身の声があり、合唱の彼もまたしかりで。特定の経験が、それぞれの声を形作っているともいえます。

これってもしかしたら、引き算の論理かもしれません。「生まれ持った声」には本当は無数の可能性があったのに、その中から一部の声を限定的に利用しているともいえるわけで。もし、特定の経験、ジャンルによらない、全ての声を引っ張り出すようなトレーニングがあれば、ぼくは彼の声で、彼はぼくの声で歌えたかもしれません。

…そんな広い意味でのボイストレーニングを達成しうるのでは、と近頃話題なのが、武田梵声氏の「フースラーメソード」です。
過去に出版された本は難解かつ現在は絶版で手に入らず、体系的な情報を得る機会が限られていたのですが、装いを新たに入門書として登場したのが表題の『最高の声を手に入れるボイストレーニング フースラーメソード入門(日本実業出版社)』になります。

今回はそんな『フースラーメソード入門』について、概要と感想めいたものを記していきます。

フースラーメソードとは

フレデリック・フースラーはスイスの発声教師で、感覚論に頼っていた従来の発声訓練を脱した方法論を確立した、”科学的な”ボイストレーニングのパイオニアともいうべき人物です。

ぼくは主著の『うたうこと』等の文献に当っていないので、ボイトレ界隈の皆さんからの伝聞の域をでませんが、本書で記されているのはフースラーの方法論を応用した、武田梵声氏独自のメソッドであるようです。

本書で推奨されるメソッドをすごくざっくり記すと、喉頭を吊るしている喉頭懸垂機構(本書では略して<ケンスイくん>と呼ばれます…)の働きに着目し、様々な種類の発声の訓練を通じてそこを鍛えていくことで、真に自由な発声を獲得しよう、というものになります。

この<ケンスイくん>を鍛えることで、声帯が持っている本来の力を取り戻し、世界の超一流の歌手や俳優、声優にも劣らないすばらしい声を発揮できるようになるーこれが、フースラーメソードというトレーニングです。p2

なぜフースラーメソードなのか?

それにしても、なぜ今武田氏のフースラーメソードが注目されているのでしょうか?
その一つには、「ミックスボイス」を志向した昨今のトレーニングの現状があるようです。

歴史を振り返ると、ミックスボイスやミドルボイスは、実はもともと喉の筋肉を鍛え、その潜在能力を解放するためのトレーニングでした。
それもはるか昔、旧石器時代からそのボイステクニックは存在していたと考えられています。
しかし、19世紀にその訓練手法が誤って伝えられたために、何の価値もないものに成り下がったにもかかわらず、アメリカのショービジネスと結びつくことで世界各地に拡散・普及されてしまったのです。p21-22

いわく、「ミックスボイス」のメソッドは17世紀のイタリアで確立されたもののようですが、近年のミックスボイスのトレーニングにおいて、いくつかの手順が抜け落ちてしまっていたとのことです。そんな「ミックスボイス」のトレーニングを、本来”あるべき姿”に取り戻すー本書で言う「真ミックスボイス」を目指していこう、というのが全体に貫かれている基本的なスタンスです。「真ミックスボイス」、なんか、必殺技めいていて、口に出して言いたい言葉ですね…。

「真ミックスボイス」を目指す方法論

「真ミックスボイス」を目指すために武田氏が本書で記しているのは、以下のような感じの方法論になります。

分離と融合

本書のメソッドで最も重要な概念の一つが、「分離と融合」です。裏声と地声をそれぞれ純粋な形で確立し、鍛えていくことで、声全体の自在性を高めていける、とのことですね。
「純粋な裏声」と「純粋な地声」について、付属のDVDの映像が一部公開されているので、ご参考までに。

アンザッツ

フースラーメソードの核となるのはアンザッツです。アンザッツは1から6まで、3の2タイプを含めた7タイプの音声パターンで、それぞれを発声することで<ケンスイくん>の機能を鍛え、無数の音色を発声可能にしていこうというようなトレーニングです。
DVDで聴けるアンザッツの音声はそれぞれ独特な雰囲気を持っていますが、こういう声で歌いましょうという例ではありません。ジャンルに縛られない、自由自在な喉を作り上げていくための効率的なトレーニングメニューなんだそうです。

ノイズ発声

ノイズ、雑音を含んだ声のトレーニングを推奨するのも本書の特徴です。一般的にそうしたタイプの声は「悪声である」ですとか「喉を痛める」としてボイストレーニングの世界では避けられがちでした。しかしながら、そうしたノイズを含んだ発声というのは、クラシックの世界を除いた世界各地の民族音楽で多用されており、ボイストレーニングでノイズが使われてこなかったのは、クラシック的な発声の美意識とそぐわないというだけなのでは、という旨の指摘がなされています。
そうしたノイズを含む発声を適切に行うことが、むしろ喉の機能の回復に繋がり、ノイズのみならずクリーンな声の強化にも繋がる、ということまで明らかになってきているようですね。

メッサ・ディ・ヴォーチェ

裏返りやすい「声の裂け目」の近辺で、地声と裏声を行き来し、アンザッツ等で鍛えた地声と裏声をブレンドしていくといくトレーニング方法です。ポルポラという伝説的ボイストレーナーが使った、「究極のボイストレーニング」と表現されています。裏声では弱くなりがち、地声では固くなりがちな音域を行き来して「裂け目」を埋めることで、喉の潜在能力を開放していこうという方法論だそうです。

勿論ほかにも内容盛りだくさんでここでは紹介しきれませんが、世界の様々な「声」を引用しつつ具体的なトレーニング方法が記されており、独特な文体も相まって、他のボイトレ系教材とは確かに一線を画した雰囲気があります。

声の疑問に答えてくれる羅針盤のようなもの

冒頭のぼくの声と友人の声の違いについて、本書の考え方を持ってすれば、これは声に対するアプローチの違いであるといえます。ぼくが合唱の人のように歌えないのであれば、その声に対するピースが欠けていたし、逆に、合唱団の友人にはぼくのように歌うピースが欠けていました。その点、ぼくらは不自由な声だったといえます。トレーニング次第でぼくも彼のように、彼もぼくのように歌える−そんな、「声に対する無限の可能性のようなもの」が本書からは強く感じられました。

主にクラシック分野を骨格とした、従来のボイストレーニングの方法論・書籍では、目指すべき一つの「美しい」音色に向かって邁進するイメージが強くありました。
一方、本書におけるボイストレーニングは、従来のトレーニングでは「悪声」の烙印を押された声(多分、「ロックな歌声」もここに含まれるでしょう…)も含めた世界各地の幅広い音声パターンを取り入れていれようとしています。「声の相対主義」とも言えるリベラルなスタンスに大変共感できる一冊ですね。

独特な、妙に癖になるフレーズと古今東西の声に対する愛で全編が紡がれている本書は、「めっちゃ凄い声」を探す旅のコンパスとして、きっと求道者の役に立つような気がしています。今後読み込んで勉強していきたいなーと思いました。「声」がとにかく好きという方は、まず手にとってみて損はないかと思われますよ!


最高の声を手に入れるボイストレーニング フースラーメソード入門〈DVD付〉

そうそう、武田氏は究極的な歌い手の姿を旧石器時代の人類にみているのですが、これは本書の冒頭で引用されているスティーブ・ミズンの『歌うネアンデルタール』の影響が濃いのではないかなあと個人的には感じました。我々の祖先ー言語を獲得する以前の人類が、著者が「Hmmmm」と名付ける、歌(のようなもの)でコミュニケーションしていたという、大胆な仮説を提示した著作です。これ、セットで読むととても面白いかもしれません。


歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化

ではまた。